「どうせ私なんて」「また失敗してしまった」
こんな言葉、日頃自分にかけていないだろうか。
私たちは他人に掛ける言葉には注意を払うが、自分に対してはスパルタ上司になってしまうことが多々ある。
誰も言っていないのに自分でスパルタ上司を飼っているの、誰も得しない。
心理学では、自分の本来の価値を正当に評価せず、低く見積もってしまうことを「セルフディスカウント」と呼ぶ。今回はそのセルフディスカウントへの対処法についてのお話。
人間は24時間自分にダメ出しできる。ちょっと待って、それで本当に人生良くなってる?
私たちは24時間休みなしに自分に「もっとやれ!」「なんでこれもできないんだ!」と言い続けられちゃう。
それができちゃうのは、LSYで学んだ、よりよい人生を生きるために必要な「最善の選択をする”大人の思考力”」が低くなっちゃっているから。
スパルタ上司を飼って良くなるならまだしも、最善の選択をする「大人の思考力」が下がって正常な判断ができない、って本当に嫌なことしかないのでは?

そんなスパルタ上司が住んでいたら、一生懸命good feelingを保っていても、一瞬で吹き飛ぶし健全な自尊心は育たない。
自分で好んで厳しくて辛辣なスパルタ上司を飼っておいて、「なんで私の人生こんなやねん!」と嘆いたって、そのスパルタ上司を育成したのは自分自身なのである。
あまりに自分で完結していて、もはや笑えてしまう。
ダメ出しを、他の視点から見てみると見えてくる景色がある
「なんでこんなこともできないんだ!」と自分のお尻をぺんぺん叩いているとき、その内容をぜひ言語化してほしい。その辛辣な言葉を書くことは物理的に距離を取ることになり、「え、これ本当にそう?」と思う機会になる。
LSYでもたくさんジャーナリングもしたし、ジャーナリングが人生を変えていくことは数々の卒業生が証明している。
今回はグループで「最近自分を責めてしまったこと」をシェアし、他のメンバーがリフレーミングしたりコメントを返す時間があった。
1日は24時間しかないのにあれもこれも…と言って「明らかにそれはサイボーグじゃなきゃ無理な量だろ」というものを自分に課していたり、睡眠が足りていなかったりと気付くことが多々ある。

利塾には、その共通言語でお互いを鼓舞できる土壌がある。
自分に優しい言葉をかけると、世界は優しくなる
いつも他人には優しい言葉をかけられる私たち。
自分になると突然スパルタ上司に厳しい言葉という餌を上げてお尻をバチンバチン!とただき出す。
その連鎖を止めるには、他人の力を使ってもいいし、自分で「これ自分の大切な人に本当に言う?」と立ち止まることだ。言っちゃったら友達失うような言葉もあるはず。
自分で言っていることを言語化して眺めてみると、こんなことにも気付く。
・それは個人の能力の問題か、単なる状況やタイミングの不一致ではないか。
・その失敗は人生のすべてを否定するものか、限定的な一事象に過ぎないのではないか。
私自身も今乳幼児を育児中で、基本的に睡眠不足なのだが「睡眠不足くらいでこんなこともできないなんて!私のバカチン!!!!」と言ってしまうことがある。
睡眠不足や栄養不足は当たり前だけど「最善の選択をする”大人の思考力”」を落とすし、そのスパルタ上司はもっと「最善の選択をする”大人の思考力”」を落とす。
何やってんだか…と思いながらも「それくらいやりたいことがあるんだね、ちょっと基準が高すぎなのかもしれないねえ」と、優しいぽかぽかおばあちゃんを心に住まわせようと改めて思った。

いろんなことがある人生、利塾を通した思考の「筋トレ」で人生は変わっていく。
最近自分を責めてしまったことってどんなこと?
まずは書き出して距離を取って、あったかいお茶でも飲んで「よくやっとるのお」と優しいおばあちゃんを心に飼おう。