「良い子でいなければならない」-そんな見えない鎖に縛られ、他人の顔色を伺いながら生きてきた、と今までの人生を振り返るLSY修了生の大川裕美さん。裕実さんは、あっぷるこ(Instagramはこちら)というフルーツパーラーの経営者。

今回はドン底の日々から自分の使命に目覚め、まわりの人々と良い関係を築きながら経営者、母、そして妻として幸せな日々を送る彼女に話を聞いた。
最初から幸せな人生だったのか?
否、滋賀県で2代続く果物店に生まれ、看護師やケアマネジャーとして12回もの転職を繰り返してきた彼女の半生は、常に「他人が引いたレール」の上にあった。
他人の人生を生きる「どん底」の日々
LSYに出会う前は自己犠牲の塊だった、と話す裕美さん。上司の期待に応えようと、育児を家族に任せてまで仕事に没頭したが、結果待っていたのは過酷な現実。
話を聞いているだけでも「それはキッツいなあ…」と、明るい裕美さんの表情から想像できない過去の話を聞いた。
精神的に追い詰められ、一言も喋れなくなるまで自信を失った。「なぜ私だけが……」と、暗い淵で悶々とする日々を過ごしていたところで、受講したのがLSY。
「境界線」を引き、自分の人生を自分に引き戻す
変化のきっかけは、LSYで自分と他人の「境界線」が曖昧だったことに気づいたことだ。
「母親はこうあるべき」という固定観念を手放し、夫や子供たちと自分のペースで過ごすことを自分に許した。

いやあ、母親の固定観念、本当に根強くて困っちゃう。この家庭の中の柔軟な考え方は利塾メンバーにもとっても良い学びになった(特に私が)。
境界線が引けるようになったおかげで、上司や親に対して「ノー」と言えるようになった裕美さん。そして、安定を望む父の反対を押し切り、長年勤めた専門職を辞めて実家の果物店を継ぐ決意をした。
「他力と可愛げ」で人生を乗りこなす
そしてフルーツパーラーだけでなく意を決して導入したキッチンカー。

その道のりは決して平坦ではなかった。予約の確認ミスや、納車2日目での自損事故、さらにはスタッフの離職。極めつけは、丁寧に育てたInstagramアカウントの乗っ取り被害。えええ…もう厄除けに行きたくなる…
かつての裕美さんなら、絶望して動けなくなっていたところ、「ピンチはチャンス」と捉えてアカウント乗っ取りも華麗に逆にチャンスに変えた。
失敗を隠すのではなく、誠実に謝罪し、周囲の力を借りる。このLSYのキーワードの1つである「他力と可愛げ」こそが、最強の武器となった。
自分の「好き」で心を満たす
かつての、他人軸を生きてドン底だった裕美さんはもういない。画面越しにキラキラ話す裕美さんからは溢れんばかりの輝きが伝わってくる。
仕事も大切だが、それ以上に自分をチャージすることを忘れない、という裕美さん。
自分の「好き」を充実させることで、仕事への活力が湧いてくる好循環が生まれているそう。LSYでも最初から話される「good feelingを大切に」。本当にその通りなのだと裕美さんを見ていて確信した。
看護師時代も「人を笑顔にしたい」と思っていた。しかし、LSYを通してやりたいことを見つめ直した後、今はキラキラしたフルーツを通して、目の前の人を笑顔にしている。フィールドは変わったが、自分の心を調えていったことで自分の使命を見つけ、活躍している裕美さん。

人生に正解はない。大切なのは、その時々で自分が一番「心が踊る選択」をし続けることだ。今回は自分の人生がやっと自分に戻ってきた、そんなお話。